onkikan-rock_usr | レコード・CD・DVD・オーディオ出張買取&USED CLOTHING SHOP|オーパラ大阪 - Part 21の記事

ビートルズ、『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』、『The Beatles』

さて、今回はロックということで、ビートルズの『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』と『The Beatles』に

ついて記します。

ある意味で、ビートルズ史上、最大の佳境とも言える稿になります。

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1・『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』の登場

SgtPeppers161105

『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』はロック史上初のトータル・コンセプト・アルバム、ビートルズの最高傑作

と言われています。

しかし、前者については1980年代の後半から世界中で懐疑的な目を向けられており、後者はヒッピー・ムーブメント、

サイケデリック・ムーブメント等々の時代背景を象徴させる為に勝手に祭り上げられたというビートルズ識者からの意見も

多数あります。

では、その真偽はどうなのでしょうか?

前者について、筆者はよく判らないのです。

アルバムのコンセプトについては、ポールが1966年の時点で思いついたものとされています。

ですが、主にジョンが書いた曲の歌詞をよく読み取っていくと、ジョンはかなり好き放題に曲をつくっていることが分かり、

ポールの意図とは異なっている様に思われます。

後者については、ビートルズのアルバムで何が最高傑作なのかは、人それぞれだと思いますので、自分が、(最高傑作!)、

と思ったアルバムがその人にとっての最高傑作で良いと思います。

ただ、この『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』は、音楽史上、とんでもない大きな意義を担っているアルバムなのです。

それは、ライブ活動を停止したビートルズとジョージ・マーティンが、1967年の時点でのエレクトリック音楽要素の全てを

叩き込み、また、1967年の時点でのレコーディング技術の全てを投じて制作されたアルバムであるということ。

以下は、音楽史上、最も大切なことであるのにも係わらず、私が目にしたことのない大事な事柄です。

1958年からステレオ方式のレコーディング、ステレオ方式のアルバムが出ましたが、ロックを含むポピュラー音楽の

エンジニアは当然、ジャズやクラシックのエンジニアにとっても「ステレオ方式」という概念がまだまだ理解されておらず、

ステレオ方式は暗中模索の状態にありました。

ジャズやクラシックのエンジニアたちは、当初は、モニター・スピーカーを1台でやっていたのです。

それで、本来、モノラル録音のものを強引にステレオにしていた訳です。

疑似ステレオ、というのが正しいのでしょう。

その後、エンジニアたちはモニター・スピーカーを2台使用するようになり、何とかステレオ方式のレコーディングを

行ったものの、まだまだ暗中模索。

ところがジョージ・マーティンが、この『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』において、音の立体感を構築し、

世界中のエンジニアたちを驚かせました。

そうです。「ステレオ方式」で最も大切なことは、音の立体感を構築することにある訳ですが、それを最初に成した

レコードが『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』だったのです。

この『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』の登場後、あらゆる音楽のエンジニアたちは「ステレオ方式」を完全に理解し、

その後のレコーディング技術の発展に大きく寄与しました。

ただ、カラヤンのお抱えエンジニアだったギュンター・ヘルマンスだけは、60年代に入ってから、かなり立体的な音を構築して

いましたが。

ジョージ・マーティンも故人ゆえ、確認のしようがないのですが、多分、ジョージ・マーティンはカラヤンのレコードから発想を

得ていたのだと思われます。

あと、この『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』で語っておかねばならないことは、ビートルズの4人がまとまってつくり上げた

最後の作品であるということ。

筆者は、ビートルズの全楽曲のなかで、このアルバムの末尾を飾る「A Day in the Life」が最も好きです。

ジョンとポールの個性が見事に融合した楽曲です。

2・『The Beatles』の登場

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ビートルズの4人を結束させていた要であるブライアン・エプスタインが死去し、その後でリリースされたこのアルバムは、

通称『ホワイト・アルバム』として有名で、また、「ビートルズの終わりの始まり」とも言われる作品です。

ですが、ロック通と呼ばれる人のなかで、この『The Beatles』を最高傑作に推す人も多いのも事実。

筆者は、このアルバムを初めて聴いた中学1年生の時の衝撃をリアルに覚えています。

ビートルズの4人が分裂状態に陥ったからこそ、このアルバムでは却って4人の個性が露わになり、また、アルバム全体に

満ち溢れた緊張感に強い衝撃を覚えました。

そう。この『The Beatles』では、ジョンやジョージが特に好き勝手にやり、ポールが何とかジョンやジョージを押さえようと

必死になっている姿が垣間見え、ものすごい緊張感に満ち溢れています。

ビートルズの全アルバムのなかで、これほど緊張感に満ちたものはないでしょう。

この『The Beatles』を評する言葉として、筆者は、「ビートルズの全アルバムのなかで最も緊張感に満ち溢れ、ビートルズの4人の

個性が最も際立った作品」というものを『The Beatles』に捧げたいと思います。

名盤ですね。

(文 葛西唯史)
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海外買付けのため、臨時定休日です(10/17~11/04まで)

10/17~11/04まで海外買付けのため、臨時でお休みをいただきます。

今回の買付けはアメリカを中心に、少しロンドンに寄って、買付けを行います。

アメリカの案件は質がいいお話しだったので、いろいろおもしろいものを買付けできそうな予感!私自身胸をワクワクさせ期待しております。

上記の期間ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。

レコードCD・楽器・音楽書籍の高価買取店【オーパラ(=オーディオ天国)】スタッフ一同

ローリング・ストーンズ、『Beggars Banquet』、『Let It Bleed』

さて、今回はロックということでローリング・ストーンズについて記させて頂きます。

筆者にとってストーンズは、「ロック・バンド」としてあればレッド・ツェッペリンの次に大好きなバンドです。

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1・『Beggars Banquet』のリリースとローリング・ストーンズの背景

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『Beggars Banquet』は、1968年11月にアメリカで、同12月にイギリスで発売されました。

それより先立つ同年5月に、シングル、「Jumpin’ Jack Flash」を大ヒットさせていました。

ビートルズの稿でも述べた通り、1965年にジョン・メイオールのブルース・ブレイカーズに参加したエリック・クラプトンが1960年製のギブソン・レスポールを100W、マーシャル・アンプにつないで、大音量で、「ギャイーン!」とオーバー・ドライブ・サウンドを出し、時代を変えました。

その「ギャイーン!」がイギリスでリズム&ブルースをロックに変え、アメリカでロカビリー(ロック&ロール)をロックに変えたのです。

ミック・ジャガーとキース・リチャーズにも、その「ギャイーン!」が大きな衝撃を与えたことは想像に難くありません。

ぶっちゃけ書きますが、「Satisfaction」で大ブレイクを果たしたローリング・ストーンズ、その後、シングルをいくつも大ヒットさせていたとは言え、ただのポップ・グループに過ぎませんでした。

そして、クリームの結成、渡英したジミ・ヘンドリックスの登場等々、時代がロックを要求していることをミック・ジャガーは敏感に察知したはずです。

ですが、ストーンズは、ビートルズの『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』を意識した駄作、『Their Satanic Majesties Request』をリリースしましたが、自分たちの音楽の行き詰まり、ロックの時代への対応に対し、暗中模索の状態にありました。

そうしたストーンズの状況を打開したのが、キース・リチャーズです。

自分が発案したコード・リフを用いたシングル、「Jumpin’ Jack Flash」を大ヒットさせてキース・リチャーズは意気軒昂であったに違いありません。

そのキース・リチャーズは、ブルース純粋主義者。

ローリング・ストーンズの原点を見つめ直す意味において、キース・リチャーズが陣頭に立って、大胆にアコースティック・ブルースを導入した『Beggars Banquet』の制作に入りました。

この『Beggars Banquet』、「Sympathy for the Devil」、「Street Fighting Man」と言った現在までの看板曲ばかりに目が行きがちですが、『Beggars Banquet』の本質は、「Parachute Woman」に代表されるアコースティック・ブルースにあります。

これが、もう偉くカッコイイ。

そして、見逃せないのが、ミック・ジャガーの絶妙なバランス感覚。

ただアコースティック・ブルースをやっても時代に取り残されてしまうのを、普遍性があるものに仕上げてしまうミック・ジャガーの力量。

これが凄い。

ブルース純粋主義者のキース・リチャーズと時代に即応することのできる絶妙なバランス感覚をもったミック・ジャガーが結びつくことで、この『Beggars Banquet』は大成功を収めたのです。

ローリング・ストーンズは、アコースティック・ブルースと言う原点に立ち返ることでバンドを立て直すことに成功しました。

また、この『Beggars Banquet』こそが、「ロック・バンド」、ローリング・ストーンズの本格的な出発点になりました。

名盤中の名盤ですね。

2・『Let It Bleed』のリリースとローリング・ストーンズの背景

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『Beggars Banquet』を大成功作にさせたミック・ジャガーの頭には、ブルースをベースとしたロックのアルバムをつくることの必要性が渦巻いていたはずです。

そこでミック・ジャガーは、再度、キース・リチャーズを突っ走らせ、キースを中心とした楽曲群の組み立て、そこに自分の絶妙なバランス感覚を併せることで、普遍的なロックのアルバムをつくる自信があったに相違ありません。

そして出来上がったのが、『Let It Bleed』。

ストーンズ・ファンの誰もが認める名盤中の名盤。

さらにミック・ジャガーとキース・リチャーズにとって幸運だったのは、ドラッグに耽溺していたブライアン・ジョーンズが脱退したこと。

それにより、ミックとキースはストーンズに「弾けるギタリスト」ミック・テイラーを加入させることが出来たのですから。

クリーム、ヘンドリックス、ジェフ・ベック等々を見ていたミック・ジャガーは、間違いなく「弾けるギタリスト」を欲していたと思います(さらには、レッド・ツェッペリンの登場まで予見していたような気がします)。

話を『Let It Bleed』に戻して、冒頭の「Gimme Shelter」からラストの「You Can’t Always Get What You Want」に至るまで珠玉の名曲ぞろい。

ミック・ジャガーとキース・リチャーズが合体することで、このブルースをベースにした普遍的なロックのアルバムをつくり上げ、ローリング・ストーンズは、見事に本格的なロック・バンドへと変化を遂げました。

最後に面白い話を1つ。

この『Let It Bleed』、著名なオーディオ評論家が、「空気感がよく録られているアルバム」、と言っていましたが、筆者も同意します。

この空気感を録ったのは、本作のエンジニア、グリン・ジョーンズ。

グリン・ジョーンズは『Let It Bleed』の前に、レッド・ツェッペリンのデビュー・アルバムのエンジニアを務めたのですが、その空気感をグリンがジミー・ペイジの録音手法からパクッたのです。

レッド・ツェッペリンの『Ⅰ』では、ジミー・ペイジがエンジニアの仕事もし、空気感を巧く録る方法をグリン・ジョーンズに指示したのです。

その方法をグリンが『Let It Bleed』に移植したものですから、これ以降、ジミー・ペイジとグリン・ジョーンズの仲が悪くなりました。

(文 葛西唯史)
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ロックの歴史を変えた、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)の『Ⅱ』

不定期連載のレッド・ツェッペリンについてです。

ビートルズに関しては、また後ほど取り上げますし、ローリング・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックス、

デヴィッド・ボウイ等々についても忘れておりませんので、ご安心下さい。

さて、今回は、レッド・ツェッペリンの『Ⅱ』ですが、その登場と意義について記します。

1・レッド・ツェッペリン『Ⅱ』の登場

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ジミー・ペイジがブルースを対象化し、自らの白人音楽としてのロック確立の為の1つの構成要素として

(もっと解りやすく言えば、ブルースを目的とするのではなく、音楽創造の為の手段としたこと)、

大成功を収めたことは、『Ⅰ』の稿で述べたとおりですが、『Ⅱ』はそれを過激なまでに推し進めたものと言えます。

『Ⅰ』を発売した後、精力的な全米ツアーに出たレッド・ツェッペリンは、瞬く間に前座バンドから

トリを務める大人気バンドとなり、アメリカで物凄いライブ・バンドとして認知されました。

その精力的な全米ツアーの合間を縫って、『Ⅱ』のレコーディングを行った訳ですが、ジミー・ペイジの

頭のなかには、『Ⅰ』でやったことを、手法を変えて、徹底的に推し進めよう、と言う考えがあったに違いありません。

では、その手法を変えるとは何だったのでしょうか?

それは、単音ギター・リフによって楽曲を組み立てる、と言うことです。

それが、「Whole Lotta Love」、「Heartbreaker」、「Livin’ Lovin’ Maid」、「Moby Dick」、

「Bring it on Home」で花開きました。

また、「What is and What Should Never Be」と「The Lemon Song」でのギター・リフも単音リフを

いじって出来上がった楽曲です。

アルバムの冒頭を飾る「Whole Lotta Love」では、ジミー・ペイジのEコードでの単音リフがいきおい炸裂しますが、

リスナーの心を一気にわしづかみします。

これは、2の意義における要素となりますが、この単音リフが、これ以降のロックの、特にハード・ロック/へヴィ・メタル

でのスタンダードとなりました。

この『Ⅱ』は、空いているスタジオでゲリラ的にレコーディングされましたが、何かうかがい知れない力が

メンバーに宿ったに相違ありません。

ペイジ、ボーナム、ジョーンズ、プラントの勢いには、神が宿っているとしか思えません。

『Ⅱ』はアメリカで、予約のみで50万枚を突破し、ゴールド・ディスクを獲得。

ビルボード、初登場1位でビートルズの『Abbey Road』を蹴落とし、ロックの先導者がビートルズからレッド・ツェッペリン

にバトン・タッチがなされた瞬間でした。

ただ、筆者はこの『Ⅱ』に苦言を2つ、呈します。

1つは、プロデューサー、ジミー・ペイジも認めていますが、音が悪い。

幾ら空いているスタジオでゲリラ的に録音したからと言って、「Heartbreaker」でバス・ドラムの音が小さすぎるのは

悲しいです。

2つめは、この『Ⅱ』に限って、幾ら時間がなかったからと言って、ペイジのギター・リフとボンゾのドラミングの絡みが

単純すぎることです。

この2つが残念です。

2・レッド・ツェッペリン『Ⅱ』の意義

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これは先ず、上で述べたブルースを自らのロック確立の為の手段としたことを過激なまでに推し進めて、大成功を収めたこと。

第2に、これも上で述べましたが、ここで展開される単音ギター・リフが、その後のロックの、

特にハード・ロック/へヴィ・メタルでのスタンダードとなったこと。

第3に、筆者、独自の見解を記します。

それは、ボンゾがロック・ドラミングのあり方に関し、ハイハット、スネア、バスドラの3つのコンビネーションにしたことです。

これが、その後のロック・ドラミングのスタンダードになりました。

それまでのロックのドラミングは、ジャズ・ドラミング的にシンバル、スネア、バスドラのコンビネーションで

展開されていましたが(ロックのそれは、ジャズ・ドラマーに比べると余りに下手でした)、ボンゾが、

ハイハット、スネア、バスドラのコンビネーションに変えた、と言うことです。

第4に、『Ⅰ』ともどもで、それまでのロック音楽のあり方をぶち壊し、新たなロックの地平を切り開きましたが、

後のハード・ロック/へヴィ・メタルの礎となったことです。

ところが、同じことを2回とやらないプロデューサー、ジミー・ペイジとレッド・ツェッペリン。

次はどうなるのでしょうか。

(皆さん、ご承知ですよね/笑)

(文 葛西唯史)
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ビートルズが本格的なロック・バンドへと変貌を遂げた『Rubber Soul』と『Revolver』

さて、今回はロックということで、ビートルズの『Rubber Soul』と『Revolver』を取り上げます。

タイトルで、本格的なロックへと変化を遂げた、と記しましたが、筆者は、ビートルズの音楽をロックとカテゴライズするのではなく、「ビートルズ」という1つの音楽ジャンルと考えています。

ですが、『Abbey Road』に到達してから全作品を振り返って、「ビートルズ」という1つの音楽ジャンルと捉えられるものであり、そうしたことからこの時点では便宜上、ロックとさせて頂きます。

1・『Help!』までのビートルズの総括

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皆さんご存じのように、ビートルズは1962年10月にシングル「Love Me Do」でデビューをし、翌1963年3月にアルバム『Please Please Me』を発売し、大快進撃を始めます。

では、ビートルズの何がそんなにすごかったのでしょうか?

あるロック評論家はビートルズの歌詞をして、「欲情しきったラブ・ソングがすごく、それまでになかったラブ・ソング」、と評しています。

なるほど、それはあるとも思います。ですが、筆者は音の人なのでサウンド面からビートルズを捉えてみます。

先ず、プロデューサーのジョージ・マーティンは、アメリカのジャズ、ソウルと言った音楽に詳しく、ビートルズの楽曲にシックス、セブンスはおろかディミニッシュ、SUSと言ったコードを随所に取り入れ、楽曲をお洒落で洗練したものにしました。

そう。ジョージ・マーティンはジャズ、ソウルで多用されるコードを用いたのです。

その上で、アメリカからのロックン・ロールをビートルズ流に解釈させたのです。

これがすごかった。こんなこと、ロックン・ロール、ジャズ、ソウルの本場のアメリカのロック・バンド、ロック・ミュージシャンもやっておらず、ビートルズによってなされ、ビートルズの音楽として築き上げられたのですから。

ところが、そんなビートルズに大規模な音楽変化をもたらせる出来事が生じました。

2・『Rubber Soul』の登場と時代背景

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その出来事とは、1965年にヤード・バーズを脱退したエリック・クラプトンがジョン・メイオールズのブルース・ブレイカーズに加入し、1960年のギブソン・レスポールを100Wのマーシャル・アンプにつないで、大音量で、オーバードライブ・サウンドを出したことです。「ギャイーン!」、と。

この「ギャイーン!」に皆が驚いてしまい英国でリズム&ブルースをロックに変え、米国でロカビリーをロックに変えてしまったのです。

この「ギャイーン!」は、それほどまでに革命的なサウンドでした。

これにはビートルズの4人もジョージ・マーティンも驚いてしまい、特に時代に敏感なジョージ・マーティンは、(時代が変わる)、と思ったことでしょう。

ですが、その「ギャイーン!」に直面しても、率直に書きますが、ジョージ・ハリスンもジョン・レノンもギタリストとして直ぐにモノにできる能力を全く有していませんでした。

それが幸いしたのです。

ジョージ・マーティンとビートルズは、シックス、セブンス、ディミニッシュ、SUSと言ったコードをより巧みに楽曲に活かし、スローな楽曲群でさりげなく、しかし、大規模な音楽変化を行い、大成功させました。

それが、『Rubber Soul』でした。

しかし、この『Rubber Soul』は、ビートルズの音楽変化の過度期的作品であるというのがすごい。ビートルズが本当に変貌を遂げたのは、次作、『Revolver』だったのです。

3・『Revolver』の登場

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このアルバムは、「ギャイーン!」を消化して作り上げたジョージ・ハリスンの曲、「Taxman」で幕を開け、インド音楽ブームにあったイギリスでインド音楽を意識し、ワン・コードを展開する極めてロック的な「Tomorrow Never Knows」で幕を閉じます。

「ロックの時代になった」、ということは後年の者があとから時代を振り返って、判ることであり、時代の当事者のビートルズとジョージ・マーティンとしては、この『Revolver』こそが、時代への返答でした。

よく日本では、「ビートルズが音楽シーンを変えた」、と、ナントカの一つ覚えの言葉が跳梁跋扈し、筆者は辟易するのですけれども、逆なんですよ。音楽シーンの変化をビートルズとジョージ・マーティンは敏感に察知し、その音楽シーンの変化を見事に咀嚼し、ビートルズも変化を果たしたのです。

但し、その咀嚼度が余りに見事。

さて、『Revolver』が登場したのは、1966年8月。スインギング・ロンドンの渦中にあったイギリスでは、1966年にとんでもない出来事が3つ起こりました。

1つめは、渡英したジミ・ヘンドリックスのデビュー。2つめは、クリームの結成とデビュー。3つめは、ヤード・バーズにジミー・ペイジが加入したこと。

そうです。ジェフ・ベックを含めてヘンドリックス、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジの4人が、エレキ・ギターを武器にロックの扉を開き、新しい時代を築き上げた4人が、音楽シーンに顔をそろえたのです。

アメリカではサイケデリック・ムーブメント、ヒッピー・ムーブメントが勃発するなか、ビートルズはどの様に時代に対抗するのでしょうか。

(皆さん、ご承知ですよね/笑)

(文 葛西唯史)


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2016.サマソニ大阪 観戦|コンサートグッズ Tシャツ買取|Babymetal アレッソ

今年、久しぶりにサマソニに参戦。

お目当ては、

アレッソ

ザ・チェインスモーカーズ

Babymetal

の3組。

この日午前中は宅配買取の査定をこなす。

3組ともメインを張るので、16時ごろ会場着でまあいいかと

遅めの出勤となった。

16時会場着。

サマソニビール

暑い、ひたすら暑い。

ベビメタのTシャツがほしかったのでいざ物販コーナーへ。

ベビメタの人気は同業者からも聞いていたので、売り切れてるだろうな

と、思いつつ、わずかな希望を胸にベビメタコーナーへ行くも

やはり売り切れていた。

たぶん午前中のうちにソールドアウトしたのだろう。

買えればラッキー程度に思っていたから、まあしょうがないことだ。

会場周辺はベビメタファンやAcid Black Cherryファンがたくさんいた。

ベビメタ観れないかもしれないなーと思いつつ、オーシャンへ。

FERGIEが終わり、休憩を挟んでいよいよアレッソ登場だ。

しょっぱなからナイスなグルーヴをかましてくれた。

間ヒット曲や Aviciiなどを入れ、踊りまくり安定の楽しいセトリだった。

最後は、Herosで締め、サマソニに来てよかったーとしみじみ思った。

ちなみにアレッソはイビザから~日本まで1週間で6カ国のイベントに参戦したらしい。


アレッソのあと、19:40からアンダーワールド登場という事で

少し観る事に。

アンダーワールドはむかし大好きだった。

何曲か観たけど、観ててむかしのような感動を感じなかったのはなぜだろう?

数曲聴いて、オーシャンをあとにした。
Forestステージへ着くとThe Chainsmokersがやっていた。

とにかく音がかっこいいのと、煽りも最高、レッチリやジャスティンビーバーを

ミックスしたDJもイカシテイタ。

自分の中ではサマソニNO.1アクトだったと思う。

再来日の際は、かならず行こうと思った。

最後まで観たかったが、後ろ髪引かれる思いでベビメタが待つソニックへ。
会場は超満員で蒸し風呂状態だった。

META!メタ太郎から観ることができ、メギツネからは会場と一体になって

グルーヴを作れたと思う。

ほんと楽しい!

ベビメタ最高だ。

あわだまフィーバーではしゃぎたかった。

やらなかったみたいだがAmoreを生で聴いてみたかったなーとますます

ベビメタが好きになってくる。

https://youtu.be/yL-1auILisE

東京ドーム行こうかな?と計画中だ。

以上、サマソニ観戦記でした!
当店音機館では、Babymetal、アレッソ、Acid Black Cherryなど

サマソニ・アクトコンサート&ライブ・Tシャツほかいろいろなグッズの買取をしていますので、

売ってもいいなーて物がありましたら、お気軽にお電話またはメールをください。

出張買取でも、宅配買取でも、どちらでもOK!

 


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90年代以降のロック・レコードLP・高価出張買取|高額ランキング

レコードCD高価買取店のオンキ館本店では、

90年代以降のロック・レコードLPを高価買取中です。

UK,US,日本のバンド問いません。

マンチェスターやブリットポップ、シューゲイザー、グランジ、

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お客様の手を煩わせませんので、らくらくです。

ゆったりとコーヒーでも飲みながら、査定をお待ち下さい。

どうぞお気軽に買取のご予約くださいませ。

昨今ヤフーニュースなどに、「アナログ盤の人気が過熱!」

なんてタイトルのニュースを目にします。

たしかに否定はしません。

ただ、ブルーノートのオリ盤などは相場が下がってきているように

思いますし、ロックもレア盤などは高騰しているものもありますが、

全体を見れば価値下がり相場です。

ポケモンGOの影響で任天堂の株価が3倍近くまで一時上がりました。

ニュースにこのような記事が出たときが、すでに任天堂の株価のピークで

あとは、下がり相場です。

ニュースを見て高値で株買って、損をした人もたくさん出たのでは?

ニュースに出たときがピークで、あとは下るというのが

どの世界にもまあ当てはまるでしょう。

仕掛ける人がかならずいて、その人は儲かるようになっているという常識。

当方がレコード会社に勤めていたとき、イヤと言うほど仕掛けてきたプロモ手法の一つである。
音機館ロック店もその恩恵を少し受けたわけですが。

90年代以降のロックは、今が売り時だと思います。

それはレコード等を長年も扱い、触っていて、リアルに感じることです。

あと、何年かすれば状況は変わるでしょう。

よほどのレア盤以外は下がり相場へと落ちていくと予想します。

レコード市場を支えている30代中頃~50代のライフスタイルが

どう変わっていくかによるところがとても大きいですね。
以下は、
今月の90年代以降のロック・レコードLP 当店高額買取ランキングでございます。

【ロックレコード部門】

onkikan_sting

スティング(Sting)/Mercury Falling (US アナログ)(盤もジャケもEXCELLENTレベル)
買取価格 ¥4,000
※2016.8.11現在の買取価格

新品に近いコンディションのほうが高価査定となります。
boo_onkikan

ブー・ラドレイズ(Boo Radleys)/Learning to Walk(UK アナログ)(盤もジャケもEXCELLENTレベル)
買取価格 ¥3,800
※2016.8.11現在の買取価格
batthegirl_onkikan

Everything But the Girl/Walking Wounded(UK アナログ)(盤もジャケもEXCELLENTレベル)
買取価格 ¥3,800
※2016.8.11現在の買取価格
oasiso_onkikan

オアシス(Oasis)/ (What’s the Story)Morning Glory?(UK アナログ、見開き、2枚組み)(盤もジャケもEXCELLENTレベル)
買取価格 ¥3,300
※2016.8.11現在の買取価格

以上が当店の今月の90年代以降ロック・レコードの高額買取ランキングでした!

コレクター、当時DJをやられていた方などの放出をお待ちしております。

私自身も当時ライブやロック系のクラブイベントによく行っておりました。

懐かしくもあり、青春でもあり、大切にする気持ちがわかりますので、

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猥雑なグルーブ感いっぱいの70年代エアロスミス

1977(昭和52)年に日本で「ロック御三家」と呼ばれていたクイーン、キッス、エアロスミス。クイーン、
キッスと来ましたので、今回はエアロスミスです。
エアロスミスと言えば、先日、スティーブン・タイラーが解散することを表明しましたが、それが事実であるならば寂しくなります。
70年代に紆余曲折はあったものの、オリジナル・メンバーで長きにわたって頑張っていたのですから。
ところで、若い世代のエアロ・ファンで、1987年以降の復活エアロは好きだが、70年代は好きじゃない、
と言う人もいるらしいので、本稿をお読み頂いて、再度、70年代エアロスミスを聴いて下されば幸いです。
70年代エアロがあるからこそ、87年以降の復活エアロがあるからです。

1・『Rocks』に至るまでのエアロスミス

Aerosmith_rocks

エアロスミスは1973年にデビューをしましたが、その音楽的ルーツは極めて明確でした。
先ず、ヤード・バーズ、ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン等々のブリティッシュ・ロックに大きな影響を受けています。
第2に、自国のブルースにも大きな影響を受けています。
第3に、ジェームス・ブラウンを筆頭にしたファンクにも大きな影響を受けています。
その3つの要素が大きく、また、いささか乱暴な形で、『Aerosmith』、『Get Your Wings』、
『Toys in the Attic』の曲に反映されています。
そして、エアロスミスの場合、ツイン・リード・ギターな訳ですが、ドラムスとベースに2本のギターを乗せるやり方は、
ローリング・ストーンズよりも知能犯的でした。
かなり、凝っているのです。そして、それらの上で扇情的に暴れ回るスティーブン・タイラーのボーカル。
そこから生み出されたものは、猥雑なグルーブ感でした。えげつないグルーブ感、と言っても良いでしょう。
そうです。上記3つの要素と上述のバンド・スタイルから生み出された猥雑なグルーブ感こそが、
70年代エアロスミスの武器であり、最大の魅力でした。
また、『Get Your Wings』からプロデューサーにジャック・ダグラスを迎えたのですが、ダグラスは、
ライブにおけるエアロスミスの猥雑なグルーブ感を如何にスタジオ盤で再現するのかを目標としました。
そのジャック・ダグラスの目的が達成されたアルバムが、『Rocks』です。
2・『Rocks』

Aerosmith_rocks2
エアロスミスは前作、『Toys in the Attic』がビルボードで11位に上り、大成功を収め、ツアーでもトリを務め、
ポンティアック・シルバー・ドームでは記録的な観客を動員しました。
そして、バンドとジャック・ダグラスは『Rocks』で大勝負に出ました。この『Rocks』が成功すれば、
エアロスミスは全米を制覇するからです。
この『Rocks』のレコーディングは、スタジオではなく、巨大な倉庫で行われました。
自然な残響音をジャック・ダグラスは録りたかったのです。
結果として、オープニングの「Back in the Saddle」から猥雑なグルーブ感に満ち溢れたエアロスミス・サウンドが炸裂し、
全9曲を一気呵成に聴かせてしまいます。
なるほど、確かに『Rocks』には、それまでの3作にはあった「Dream On」、「Same Old Song and Dance」、
「Toys in the Attic」、「Walk This Way」の様なキャッチーな楽曲はありません。
しかし、キャッチーな楽曲がないからこそ、ハードなロックンロール曲、全9曲を一気呵成に聴かせてしまうことに成功しています。
とにかく、この『Rocks』は、ジャック・ダグラスの意図が花開いたエアロスミス・サウンドが聴けることから、
優秀なオーディオ機器で、そしてレコードで聴いてほしく願います。
3・『Draw the Line』

Aerosmith_draw

1977(昭和52)年には初来日公演を大成功させたエアロスミス。エアロスミスは5枚目のレコーディングに臨みました。
アメリカにはお城はないはずですが、またジャック・ダグラスが自然な残響音を録りたいことから、
日本では、「お城でレコーディングされた」と報道されていました。
お城説はともかく、自然なエコー感が録られていて、筆者はとてもカッコイイ、サウンドだと思います。
ただ、この時期、バンド内ではどうしようもない薬物問題が生じていました。
また、スティーブンとジョー・ペリーの間に軋轢が生じました。
ですが、筆者は、小学6年生の1978(昭和53)年1月に本作を聴いたのですが、猥雑なグルーブ感がピークに達した
カッコ良さを感じて驚愕したものです。
露骨にファンクを意識した「Get it Up」の様な佳曲もあれば、「Kings and Queens」の様なブリティッシュ・ロック的な曲もあり、
発売当初、日本では大騒ぎ。オリコンでも9位に上る大ヒット。
この『Draw the Line』は、バラエティに富みながらも全9曲を一気呵成に聴かせてしまう力をもっています。
是非、優秀なオーディオ機器で、また、レコードでこの『Draw the Line』を聴いてみて下さい。
4・『Live Bootleg』

Aerosmith_boot

『Draw the Line』以降、エアロスミスは、ライブ・バンドとして押しも押されぬ地位を獲得し、カリフォルニア・ジャム他の
フェスティバルでトリを務めました。
そして、エアロスミスは『Live Bootleg』を制作し、発売した訳ですが、このアルバム、筆者が選ぶロックの名ライブ・アルバム5枚を
行おうものならば必ず入れる、必殺のライブ・アルバム。
とにかくお行儀のいい演奏を選んで収録したはずなのに、「それでこれかい!」、と、先ず大笑いをします。
そして、その上で、「カッコイイ~!」、となってしまうのです。
エアロスミスはテクニックを聴かせるバンドではないし、むしろテクニックを放棄し、猥雑なグルーブ感を
目いっぱい音の塊として聴かせるバンドなのですが、それが『Live Bootleg』では、スピーカーを破らんばかりに音が飛び出してきます。
この『Live Bootleg』も、是非、優秀なオーディオ機器で、そしてレコードで聴いてみて下さい。
5・終わりに

Aerosmith_end

筆者は、『Rocks』でも『Draw the Line』でも『Live Bootleg』でも、優秀なオーディオ機器で、レコードで聴いてほしい旨、
記しましたが、それは以下の理由からです。
上記3枚のエアロスミス・サウンドは、レッド・ツェッペリン同様に、「(バンドの)音の質感を聴かせる」ものだからです。
こうした音の質感を聴かせるアルバムは、やはり、優秀なオーディオ機器で、レコードで聴きますと、
サウンド全体を大きく捉えられるものなのです。
ジャック・ダグラスが如何に緻密にエアロスミス・サウンドをつくっていたかが、良くお分かり頂けるものと思います。
筆者は、エアロスミスには、解散してほしくなく思います。

(文 葛西唯史)


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ロック界を牽引した地獄からの使者、キッス,The KISS

はい。今回はロックでキッスを取り上げます。
小学6年生の筆者を1977(昭和52)年にロックの世界に誘ったバンドです。1977(昭和52)年には、
日本で、クイーン、キッス、エアロスミスが「ロック御三家」とされていたのです。
90年代の半ばくらいにオリジナル・メンバーで再度、メイクを施してから第2期・キッス黄金時代を迎えたことを
ご承知の方は多いものと思われます。

kissmembers

1・キッス、初来日時の大騒動

本来、バンドが登場した頃の音楽事情とかを先ず、記すべきかと思うのですが、特にないのです、残念ながら。
その代わりに、キッスが1977(昭和52)年に初来日をした際の日本での大騒動を生き証人として記します。
まあ、ともかく、あの派手なメイクとコスチューム、火を吹く・血を吐く・ギターを燃やすetc・・・・・・
のステージが大きな話題になったのですが、それ以上に、キャッチーで解りやすいキッスの楽曲群も大評判になっていました。
それで、キッスが日本武道館初夜のライブを行ったら、翌日のスポーツ新聞でライブの模様が大きく取り上げられ、
果ては一般週刊雑誌までもがライブの模様を載せました。
そして、あろうことか、篠山紀信が撮影したライブの写真を中心にH系雑誌の増刊号として発売されました。
あの篠山紀信、撮影ですよ。
ともかく筆者は、キッス以降の来日外タレをつぶさに見てきましたが、キッスの様に大騒ぎになったのは、
1990(平成2)年3月のローリング・ストーンズ、初来日公演だけでしょう。いや、とにかくすごかったのです。
また、NHKが武道館ライブの模様をシューティングし、『ヤング・ミュージック・ショー』で放送したのですが、
視聴率が高く、同年秋には再放送がなされました。
先に、キャッチーで解りやすいキッスの楽曲群と書きましたが、これがキッスの大きなファクターでした。
小学6年生の少年を虜にしたのですから。
クイーンも解りやすかったのですが、解りやすさの質が異なっていました。
クイーンの場合、あの歌謡メロ。キッスの場合、キャッチーでポップな曲。そう言う違いでした。
ただ、キッスって、ヨーロッパで人気がなかったのです。クイーンと逆ですね。

2・キッスが大ブレイクを果たした、『Alive!』

KISSALIVE

キッスは1973年にデビューをしましたが、人気が出ず、煮詰まったバンド側は唯一(?)人気があったデトロイトでの
ライブの模様を収め、『Alive!』としてリリース。
これが大ヒットをし、全米でゴールド・ディスクを獲得しました。
本来、ロックのアルバム紹介と言った場合、ライブ・アルバムは御法度かと思うのですが、本作はバンド初期のベスト・アルバムを
担っていることから、お許し頂きたく願います。
ともかく、この『Alive!』はカッコイイ!
ライブ・バンドとしてのキッスの模様のドキュメンタリー・アルバムです。
聴衆も大いに盛り上がっており、会場の熱気が十分に伝わってきます。
キッスは、残念ながらノー・テク・バンドなので、アドリブは全然なく、例えばエース・フレイリーのギター・プレイは全てお約束。
でも、キッスはそれでいいのです。
アドリブ・プレイが出来ないから、逆にライブでも曲がコンパクトにまとまり、キッスの楽曲を生きさせるのですから。
筆者は、ピーター・クリスがリード・ボーカルを取る、「Black Diamond」が大好きです。
ですが、邦題の『地獄の狂獣』とは、何なのでしょう・・・・・・?

3・キッス、スタジオ盤の最高傑作、『Destroyer』

kissDestroyer

これも邦題が何故、『地獄の軍団』になるのか、筆者は小学6年生の時に謎に思っていました。
邦題はさておき、『Alive!』が売れたキッスは、このアルバムの制作に力を注ぎました。
このアルバムが失敗したら、キッスは一発屋で終わってしまうからです。
ですが、プロデューサーにボブ・エズリンを迎え、ボブもキッスも頑張り、本作は大成功を収めました。
アルバムの冒頭を飾る「Detroit Rock City」を筆頭に、今日までライブで演奏される曲が数多く入っています。
あと、特に書くことはないので、筆者の思い出話を記します。
筆者が中学3年生の際の音楽授業の夏休みの課題として、クラス、2人1組となって、曲は自由ですが、
「2人1組での演奏、または歌う」というものが出されました。
それで筆者はエレキ・ギターを持っていた友人と組み、夏休み明けの音楽授業で筆者がエレキ・ギターを弾き、
「Detroit Rock City」をやったのです。
アンプの代わりに音楽室のステレオの“マイク”にシールドをつないで、歪み系エフェクターと共に、
ステレオのスピーカーからギターの音を出したのです。
筆者は、大スターになりました。
ところが、授業が終わると担任教師が音楽室の前に立っており、筆者は担任に連れられ、校長室に連れて行かれ、校長から説教をされました。
最後に校長と担任が、「あのな、ロックやエレキ・ギターなんて今だけの流行で、20年後には消えて無くなっているぞ!」、と言いました。
むかっ腹が立った筆者は、大きな声で言い返しました。
「30年後には、レッド・ツェッペリン、ローリング・ストーンズ、ビートルズは、ロックのクラシックとなって聴かれ続けています!
エレキ・ギターだって盛んです!」、と。
筆者が中学3年生だったのは、1980(昭和55)年。さて、20年後、30年後に正しかったのはどちらでしょうか。
筆者は、敵を牙突で倒した斎藤一(漫画『るろうに剣心』)の様に、くわえ煙草をしながら言います。「この阿呆どもが」。

4・キッス、『Alive Ⅱ』

kissalive2

このアルバムも『Destroyer』とその後の2枚のベスト・アルバムの要素を担っています。
やっぱり、ロックは、ライブ・アルバムがカッコイイのが最高です。
もう、オープニングの「Detroit Rock City」からカッコイイったらありゃしない。
「Makin’ Love」も「Love Gun」も「I Stole Your Love」もライブならではのカッコ良さ。
「Beth」には泣けます。
レコードで言うD面には新たなスタジオ録音曲が入っており、これが駄作ばかりなのが難ですが、
A面~C面だけでも買って聴く価値が十分にあります。

5・終わりに

クイーンもそうですが、キッスも音楽(あるいはサウンド)について、分析をするところってないんですよ。
でも、それでいいと筆者は思います。
例え、クイーン同様に、子ども向けロックであっても、懐メロ状態でたまに聴きますと、遠い少年の日々に帰ることが出来る、
楽しいロックなのですから、キッスは。

(文 葛西唯史)


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ロック史に残る戦慄の王女、クイーン(Queen)

さて、今回はロックで、未だに日本を含めた世界中で大人気のクイーンについて記したいと思います。
筆者は、1977年の初夏にキッスとクイーンでロックに目覚めました。思い出深いバンドなのですが、
つい最近、クイーンの初期の5枚(だったかな?)のアルバムがハイレゾD/L配信されたことから、タイムリーだと思われます。

1・クイーン、登場の音楽的背景

QUEEN01

クイーンがデビュー・アルバムを発表したのは1973年のことですが、その頃の音楽的背景を述べておきます。
ロックの時代は、その先導者がビートルズからレッド・ツェッペリンへとバトン・タッチがなされ、
ハード・ロックが大人気を博し、イギリスではプログレッシブ・ロック、グラム・ロックが大ブームにあり、
アメリカではサザン・ロックとかも大人気でした。その様ななか、クイーンのデビュー・アルバムは、
ギタリストのブライアン・メイが主導権を握り、ハード・ロック的要素、ビートルズ的要素を織り込み、
ギターを多重録音した(日本では、ギター・オーケストレイションと呼ばれていました)ぶ厚いサウンドを全面に打ち出していました。
続くセカンド・アルバムは、デビュー・アルバムをもっと過激に推し進めたものでしたが、批評家からは酷評を浴び、
英国では全くレコードが売れませんでした。ただ、極東の島国では、そうしたサウンドとボーカルの解りやすい歌謡メロが大いに受け、
加えて、メンバーたちが少女マンガの世界から出てきた様なルックスであったことから、大人気になりました。
そして、3作目の『Sheer Heart Attack』から、フレディ・マーキュリーの曲であるシングル、「Killer Queen」がヒットし、
クイーンはフレディ・マーキュリーが仕切るバンドに変わりました。バンド内で下克上が生じたのです。仕方ないんですよ。
ギタリスト、ブライアン・メイの特徴って、自分で作ったギターのレッド・スペシャルとピックの代わりに古い1ペンスのコインを用いる、
と言うことしかなく、奏法上の特徴とかって一切、ないんですから。

2・『A Night at the Opera』

QUEENOpera

さて、クイーンはフレディ・マーキュリーが完全に仕切るバンドとなってから最初にリリースされたアルバムが、『A Night at the Opera』。
このアルバムから「Bohemian Rhapsody」が大ヒットし、今日まで、ロックの名曲、ベスト30を行うと
必ず上位に食い込むクイーンの永遠のアンセムとなりました。
筆者は、6歳年長の姉が買ってきた『A Night at the Opera』を聴いて、「Bohemian Rhapsody」を聴いて、驚きました。
あの多重録音したアカペラ・コーラスに。(ロックって、こういうことをやってもいいんだ)、と、小学6年生の筆者は思いました。

また、『A Night at the Opera』は楽曲が多彩でありながらも、見事な統一感がなされています。
これにも当時、筆者は驚いたものです。プロデューサーであるロイ・トーマス・ベイカーが偉かったのです。
ともかく、この時期にクイーンは初来日公演を果たし、日本武道館に多数の女性ファンの悲鳴にも似た絶叫がこだましました。
やはり、クイーンと言いますと、この『A Night at the Opera』が先ず最初に来るのでしょうね。

3・『News of the World』

QUEENworld

はい。いいです。筆者が思い出深い『A Day at the Races』は飛ばして、『News of the World』。
この『News of the World』を筆者は、クイーンのアルバムで最初に新譜として買ったアルバムです。姉にプレゼントとして買ってあげたのです。
このアルバムからは、「We Are the Champions」が大ヒット。「We Will Rock You」ともども、
ヨーロッパのサッカーの大きな大会(ユーロ)でよく流れます。
そう言えば、先頃、アメリカの大統領予備選において、トランプ氏が「We Are the Champions」を使っていたのですけれども、
ブライアン・メイから、(使うんじゃねぇ!)、と使用禁止を言い渡されました。
このアルバム、「We Are the Champions」や「We Will Rock You」ばかりが注目されがちですが、
他にも「Spread Your Wings」とかの佳曲もありますので、そちらにも目を向けてほしいものです。
そして、筆者は、雑誌『ミュージック・ライフ』を購読していましたが、その人気投票でクイーンは圧倒的な強さで
1位になっているのを見て、驚きました。あのレッド・ツェッペリンが万年2位なのですから。ただ、ここで恐ろしい事実を書きます。
日本やヨーロッパでは、大人気のクイーン。しかし、アメリカでは、一部の地域以外では、まだ、前座バンドだったのです。
そんなクイーンにやっと全米を制覇する時期が来ました。

4・『The Game』

QUEENgame

クイーンは、ともすれば、『Live Killers』をリリースして解散しかねない状況にありました。それほど、
バンド内では人間関係に不協和音が走っていました。ところが、「Crazy Little Thing Called Love」の着想を得たフレディ・マーキュリーが
スタジオに他の3人を再度、集めて作ったのが『The Game』。
はい。『The Game』から「Crazy Little Thing Called Love」がアメリカでも大ヒットをし、とうとうクイーンは全米制覇を果たし、
アメリカでもトリを務める全米ツアーを行えるようになりました。晴れて、クイーンは、“We Are the Champions”となったのです。
しかし、日本では、この『The Game』からレコードが売れなくなり、人気も急下降し、雑誌『ミュージック・ライフ』の
人気投票でも1位から6位くらいに転落(うろ覚え)。
続く、『Hot Space』、『The Works』、『A Kind of Magic』はオリコンでチャートインしませんでした。
音をシンプルにしたが故に、アメリカでも成功を果たしたクイーンですが、日本人にとっては大仰なサウンドを出すのがクイーンだったのです。
1985年のLive AID では、英国で、ベスト・パフォーマンスの賞賛を浴びたクイーンですが、日本では1985年当時にLive AID を
見ても誰一人、クイーンを話題にする人はいなかったのです。

5・終わりに

フレディ・マーキュリーは、1991年に、愛の為に、他界しました。
その愛に殉じたフレディ・マーキュリー。それからです。ヨーロッパやアメリカの×××たちがクイーンのCDを多数買って、
約3億万枚ものセールスを記録したのは。日本でもトレンディー・テレビ・ドラマの主題歌やCMソングにクイーンの曲が使用され、
クイーンを知らない若者にベスト・アルバムが売れたりしました。クイーンは歌謡メロですから、
日本のお茶の間にもなじみやすかったのです。
ただ、『News of the World』からリアル・タイムだった筆者は、『The Game』からのクイーンを思うと複雑な気持ちになります。
筆者と同じ考えをもつ、同世代、または、年上の世代は殊の外、多いのです。

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